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摂食障害患者の身体拘束が一部違法と認定される、マスコミとの違和感

私自身は元精神科看護師で、今は看護師ですらなく、法律の専門家でもないので記事にするのも烏滸おこがましい気持ちがあるのですが、私にしか書けないこともあろうかと思い筆を取りました。

摂食障害の方が入院していた病院を相手に裁判を起こし、治療上の身体拘束が一部違法であったことが認められました。この判決が自分の中でも色々と苦しい気持ちになるものだったので、少し情報をまとめながら「摂食障害と身体拘束」についての私見をまとめていきたいと思います。

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すり合わせのための情報群

先に断っておけば、今回裁判を起こされたAさん(本名も報道されていますが、個人を標的とはしたくないのでAさんとします)に対して記事内で言及するつもりはありません。そのため、以下は客観的に以下の症例としての感想をまとめていきます。

患者症例・判例
  • 思春期、BMI=15以下となる摂食障害患者
  • 任意入院中に治療に逸脱があり、医療保護切替、身体拘束に至る
  • 治療数年後に病院を相手に訴訟を起こし一部の違法性が認められる

今回の判例にこだわりすぎると、「そもそも本当に摂食障害なの?」から、「治療は適切だったの?」とか、「人格障害はあったの?」「本人の医療者への態度は?」「罰的な拘束だったの?」とか、個人と医療者の対応の是非になってしまうので、あくまでも上記症例における判決について、読者や医療者、患者はどう考えたらいいのか、というあたりの参考になる情報としてまとめられたらな、と思っています。

ぶっさん
ぶっさん

看護師の記事なんか読みたくない、ちゃんとした情報がほしい、という方はそっ閉じしてください。

客観的な事実として採用した記事内容

14歳の時に摂食障害で入院治療を受けた公立学校共済組合関東中央病院(東京都世田谷区)で、77日間にわたって身体拘束されたのは違法として、(Aさん)が同組合に約2540万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が24日、東京地裁であった。(略)裁判長は一部の拘束を違法と認め、110万円の支払いを命じた。

https://www.jiji.com/jc/article?k=2021062401101&g=soc

(Aさんは)チューブで鼻から栄養をとっていたが、拘束から60日後には自力で食事を毎食とるようになった。(略)裁判長はこの時点で生命に危険が及ぶ恐れはなくなったとし、これ以降の17日間の拘束を違法とした。

https://mainichi.jp/articles/20210624/k00/00m/040/263000c

(病院側が)裁判所に提出した準備書面では、「拘束を中止したら、(点滴の)自己抜去や自殺企図、自傷行為の恐れ、安静を守れず過活動や運動もあると判断した。身体拘束以外に代替方法はなく、継続が必要だった」「両親や友人との交流を避けることが症状改善に必要なので、治療の一環として当面は家族との面会連絡を行わない治療方針で了解を得ている」などと主張している。

https://toyokeizai.net/articles/-/418824?page=5

Aさんの精神科入院の客観的な状況

基本的には先のWeb記事の報道を受けた内容だけで議論するつもりですが、摂食障害の病状の一般的な治療との齟齬はあったのか検証するために、(おそらく本人の談話を基にした)記事もありましたので、こちらから治療と身体拘束に関わる情報をまとめておきました。

ここは主観的な要素で構成されている可能性があるので注意が必要です。

  1. 思春期の一時期、自ら食事制限を行い無月経、ふらつきなどの症状が現れる
  2. 当初は入院に納得しており開放病棟での任意入院となった
  3. ベッドとポータブルトイレのみ設置された「独房のような個室」への入室となる
  4. 症状安静の指示、トイレの利用も許可が必要
  5. 食事摂取量2/3以上が義務化
  6. 治療からの逸脱があった場合には経鼻経管栄養への切り替えとなる説明がある
  7. 入院から1週間後、点滴の自己抜去(看護師の対応への不満)
  8. 医療保護入院に切り替えとなり身体拘束
  9. 77日間の拘束、自主的な食事摂取も認められるようになる
  10. 以後の治療経過は不明
ぶっさん
ぶっさん

本人の証言を基にすると、保護室のような部屋を想像しますが、患者さんによってはシンプルな個室でも精神科バイアスによって「ひどい部屋だ」と感じる場合もあるので、ここはなんとも言えないところですね。

参考とした記事・Webサイト一覧

今回の判例で知っておきたい摂食障害のこと

このページ用に摂食障害の解説を書いていたのですが、文量が多くなったので別ページに移動しました。とはいえ、別ページまで読んでいただくのは流石に忍びないので、内容を簡単にまとめます。

摂食障害患者と関わる前に、最低限知っておきたいこと
摂食障害と関わる機会がある方が、最低限知っておきたいな、と思う内容をまとめました。

摂食障害という病気のこと

  • 摂食障害は「食欲」の病気というよりは「食事・体型の考え方」の障害
  • 「考え方の偏り」は、本人も周囲の人間も認知しづらい=病気という認識が得られにくい
  • 極端な解釈、異常なこだわりから「死ぬ寸前まで行動をやめられない」
  • 依存を形成しやすく、本人が自分の意思で行動を変えることは難しい=医療介入の必要性
ぶっさん
ぶっさん

本人も周囲も理解しづらい病気で、重症化しないと治療に結びつかないのがつらいところですね。

摂食障害で死ぬということ

  • 摂食障害(特に神経性やせ症)の死亡率は6〜20%と言われている
  • 病気への理解が得られないまま治療を終えると、入退院を繰り返す
  • 重症例での入院は、治療者と患者の信頼関係が築きづらい
ぶっさん
ぶっさん

摂食障害は死ぬ病気だけど、当事者たちの理解が得られにくい(病識が欠如)ので、入退院を繰り返します。

ヨメちゃん
ヨメちゃん

「まだ大丈夫」と続けて、どこかのタイミングで、意識がかえってこなくなるのが摂食障害の最期です。

摂食障害の治療を始めるということ

  • 本人の意思が「病気」に縛られているため、治療は「衝突」と「葛藤」から始まる(揉める)
  • ファーストコンタクトで治療への向き合い方が決まるが、重症例はそのチャンスがなくなる
  • 重症例の場合、心理的な配慮よりも身体管理が優先される
  • 自己概念を形成する途中である思春期(若年層)の治療は、最後のチャンス(という気持ちでいる)
らいおん
らいおん

もちろん、若年の患者であっても、高齢であっても、治療がうまくいくかどうかは本人がどれだけ自分と向き合えるかどうか、にかかっています。

ぶっさん
ぶっさん

ただ、自分と向き合うことが苦手な病気でもあるので、医療者が手伝えることは「身体管理」と、「自己認知を再形成する」ための時間と方法を用意することだけです。

といった内容を別記事でまとめていますので、興味があったら読んでみてください。

判例で知っておきたい精神科と身体拘束のこと

身体拘束に関しては説明が少し難しい部分があって、まずは一般的な診療科で行う「抑制」と、精神科で行う「身体拘束」は法律的な解釈が異なります。

精神科は身体拘束(行動制限)については根本的に法令で厳密に定められています。「精神保健福祉法」による厳密な規定で運用されます。

一方で、高齢者施設や一般診療科においては、これだという根拠となる法令があるわけではないので、まずここを混同すると(要検証)

精神保健福祉法の該当部分を引用

第四 身体的拘束について

一 基本的な考え方

(一) 身体的拘束は、制限の程度が強く、また、二次的な身体的障害を生ぜしめる可能性もあるため、代替方法が見出されるまでの間のやむを得ない処置として行われる行動の制限であり、できる限り早期に他の方法に切り替えるよう努めなければならないものとする。

(二) 身体的拘束は、当該患者の生命を保護すること及び重大な身体損傷を防ぐことに重点を置いた行動の制限であり、制裁や懲罰あるいは見せしめのために行われるようなことは厳にあつてはならないものとする。

(三) 身体的拘束を行う場合は、身体的拘束を行う目的のために特別に配慮して作られた衣類又は綿入り帯等を使用するものとし、手錠等の刑具類や他の目的に使用される紐、縄その他の物は使用してはならないものとする。

二 対象となる患者に関する事項

身体的拘束の対象となる患者は、主として次のような場合に該当すると認められる患者であり、身体的拘束以外によい代替方法がない場合において行われるものとする。

ア 自殺企図又は自傷行為が著しく切迫している場合

イ 多動又は不穏が顕著である場合

ウ ア又はイのほか精神障害のために、そのまま放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれがある場合

三 遵守事項

(一) 身体的拘束に当たつては、当該患者に対して身体的拘束を行う理由を知らせるよう努めるとともに、身体的拘束を行つた旨及びその理由並びに身体的拘束を開始した日時及び解除した日時を診療録に記載するものとする。

(二) 身体的拘束を行つている間においては、原則として常時の臨床的観察を行い、適切な医療及び保護を確保しなければならないものとする。

(三) 身体的拘束が漫然と行われることがないように、医師は頻回に診察を行うものとする。

https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=80136000&dataType=0&pageNo=1

https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=80136000&dataType=0&pageNo=1

簡単に解釈する

法令って読みづらいので、私なりに噛み砕いて説明します。

わかりやすい身体拘束
  • 身体拘束は「行動制限」の中でも厳しい処置となる
  • 合併症を起こすので細心の注意を払う
  • 期間は最短となるように配慮する
  • 安全第一、患者に危険がないように行われるようにする
  • 対象は「自分の生命を守ることができない精神障害患者」であること
ぶっさん
ぶっさん

安全に行われることが大原則なので、拘束が必要なケースは「しっかり縛る」イメージです。中途半端に緩めたりすると、死亡事故につながるので。

らいおん
らいおん

患者・医療者双方に危険がないように、多人数で行うのが基本。苦痛となる時間が少なくなるように段取りは事前に決めておき、なるべくスムーズに終わらせます。男性看護師が取り囲んだりするのは、威圧するためじゃないんです。

判例を通しての感想

事前の基礎知識が長くなってしまいましたが、本来学ぶべきことはこんなところで収まるようなものではありません。

あくまでも判例を少しでも理解しやすいように用意した「簡易的な解説」でしかなく、しかも個人の意見を述べるにとどまっていることには十分に留意ください。

摂食障害患者に身体拘束は妥当なのか

これは今回の判例でも実に判断の難しい判決が出ました。

ぶっさん
ぶっさん

77日間のうち、17日間は違法で60日間は合法、でしたね。

合法と考えられる部分

まず、60日間は合法となりました。これは「生命の危険性があったため」と解釈されたということになります。

(あくまでも本人の説明の部分なので主観的な情報ですが)点滴の自己抜去が身体拘束の契機となったようです。

点滴の自己抜去は「針が抜けた」ということが問題なのではありません。「適切に管理された栄養が補給される担保」が失われたという問題です。差し直せばいい、ちょっと感情的になって一度だけ抜いただけだ、ということではないのです。

ぶっさん
ぶっさん

一度くらい失敗してもいいじゃないか、とは思うけど、神経性やせ症の場合、どうしても自己解釈が歪みやすいので、一方的な思い込みで「約束は反故にしてもいい」と思ってしまう障害なんですよね。

らいおん
らいおん

看護師の対応が気に食わない、とか、同室患者に点滴のことを陰口された、とか。何があったかという事実よりも、本人がどうしたいかが優先されて、そこに関連付けしてしまう傾向があるんです。

つまり、医療者としては「本人を信頼してもう一度チャンスをあげる」という情緒的な考慮ではなく、冷静に自己抜去を「易刺激性と行動化」の根拠として評価するのが正しいのではないか、と考えるわけです。

ぶっさん
ぶっさん

もちろん、入院して1週間治療をしていたことを考えると、「限界に来ていたんだな」とは思いますけどね。

らいおん
らいおん

ただ、事前に治療上の約束事は繰り返し説明されており、本人も逸脱行動だと認知した上でやったことだと、治療の継続は困難ですよね。嫌なことがあれば点滴抜けばいい、を正当化するわけにはいかないですし。

もちろん、実際の拘束に至るやりとりに関しては外部からどうこう言えることではないので、我々は「摂食障害患者の60日間の身体拘束は合法」という部分を受け止めていこうと思います。

違法と考えられる部分

逆に、違法とされたのはなんだったのか。

これが実に難解で、ある記事によれば「裁判長はこの時点で生命に危険が及ぶ恐れはなくなったとし、これ以降の17日間の拘束を違法とした。」とあるので、「安定して自発的な食事摂取が見られれば、身体拘束の妥当性はなくなる」という解釈になります。

ぶっさん
ぶっさん

いや、これ、線引きがあまりにも曖昧じゃないか?

記事に書きたかったこととして、「違法が取られる拘束はあって然るべきだけど、この判例に対して違法性を適応していいものか」というところです。

一般的な抑制の適応対象

精神科の身体拘束については、摂食障害の場合は「精神障害を理由に生命に危険が及ぶ場合」に該当するので、拘束開始理由としては妥当であると言えます。判例でも合法とした部分ですし。

精神保健福祉法として正しく身体拘束が運用されずに、17日間においては必要性を認めなかったということなので、「身体拘束の必要性」を見直す必要があるようです。

身体拘束の適応となる対象は、「切迫性」「非代替性」「一時性」というものがよく言われますが、実際問題、これを摂食障害に当てはめて評価するのはかなり難しい。

一時性と継続性

身体拘束のきっかけとなった「点滴の自己抜去」が、対人・環境に多少の要因はあったとしても、「脆弱な患者の心理を刺激すること」が根本的な原因。そして、患者を刺激する要因は、精神科病棟で生活する上では日常的に発生します。

つまり、身体拘束を解除してもすぐに治療に逸脱する可能性は常に存在するわけで。「ご飯食べたからOK」「血液検査データがOK」という単純なラインで「生命の危険を脱した」とは言えない問題だと思います。

精神疾患の場合は、あくまでも寛解であって、身体拘束の解除は慎重にならざるを得ない。しかも摂食障害のケースで言えば、身体拘束の影響は「歪んだ認知をネガティブな方向に固着させる」ことも考えられて、解除した途端に逸脱は大いにあり得る話で。

つまり、「一時性」を考慮して早期に身体拘束を解除することは当然だとしても、疾患による危険行動の継続性も考えると、どの程度「治療的余分(逸脱があっても致死的とならない余裕)」をとっていいのかもしっかりと示してもらう必要があると思います。

漫然とした延長は当然あり得ない

患者の安全のためとはいえ、「ずっと拘束していていいわけじゃない」ってのはごもっともです。77日間の拘束期間が本人に与える心理的・身体的な影響は想像に耐え難いほどにつらい経験であったと思います。

基本的に身体拘束が「罰」のようになってしまってはいけないので。治療に対して向き合えていた期間も考慮した上で、順次解放しながら「患者のできる部分」に着目していかないと、お互いの陰性感情が高まるばかりで、拘束が漫然と行われる現状を打破できません。

ぶっさん
ぶっさん

今回の判決を受けて、誰に対しても説明できる明確なラインをちゃんと説明してもらえればいいと思います。というか、各メディアはその点についてをしっかり報道してほしい。

違法となるラインが「血液検査結果や体重のような客観的な数字」だけなのか、ある程度心理的な変動を見越しての余裕のある数字が適応されるべきなのか、(つまり拘束解除後に逸脱しても多少の期間は生命維持の余裕はあると判断できるライン)が設定されたのかが、きちんと説明されることこそが、割と重要なんじゃないかなと思うわけです。

らいおん
らいおん

60日間となった根拠は知りたいところですよね。ご存知の方がいらっしゃればご教授いただけると助かります。

余剰となった17日間はなんだったのか

ここは、逆に言えば「切迫性」「非代替性」「一時性」が認められなかった期間であると言えます。

  • 切迫性=生命の危険性は失われた
  • 非代替性=身体拘束ではない方法が考えられた
  • 一時性=患者と医療者の中での一時性のギャップがあった
生命の危険性

生命の危険性に関しては検査データなどである程度測定可能な気はしますが、「この患者にとっての安全域」は治療との兼ね合いで余白があるかないかが決まってくる(治療に非協力的であるほど、医療者側としては安定したデータとなるまで回復させたい)ところがあるので、まず、この辺りに医療者と判決で齟齬する部分があったのではないかと。

「身体拘束じゃなくても観察できるようになった」という地点が60日だったとするデータがあるのかもしれません。食事摂取量を安定させるという目標でのケアに移行していたなら、拘束じゃなくて「心電図モニター」と「行動監視用のモニターやセンサーマット、巡回の強化」などの観察を強化するだけでも対応できたんじゃないか、みたいな話で。

一時性の評価

一時性は身体拘束だから一時的なことは触れ込み済みではあるのですが、患者にとっての「一時性」が実感できないが故に、77日間は倫理的に長すぎた、みたいなことはあるのかもしれません。

予想を書いて申し訳ないですが。医療者側では明確なポイントがあって、しかもそれを本人に説明していたとしても、本人の了解がそこに追いついておらず、拘束による心理的な負荷が強まっていたのかもしれません。

医療者から「これをすれば拘束は解除できるよ」と話をしていても、本人にとってそれが了承できる内容でなければ「拘束は解除できないということだ」と解釈する可能性は十分にあるわけで。この辺りは信頼関係にも拘ることなのかもしれません。

医療者とし、どうすればよかったのか

  • 行動制限を監査する別部署の設置
  • 身体拘束から順次代替案に移行する(モニターでの監視など)
  • 患者との信頼関係の獲得

治療者以外の監査する部署を設置

まずは、身体拘束についてはなるべく客観的に監査する部署を立ち上げる必要があります。

今回は、治療を行なったのが総合病院だったというのはひとつのポイントかもしれません。

精神科病棟は病院の中でも一部の治療病床でしかありませんが、院内の抑制・身体拘束を見直す意味でも、定時的に行動制限を監査する部門は必要です。

きっと、そういった部署もあったんだとは思いますが、このチェック体制が機能していると証明する必要性が出てきたのだと襟を正して審議していく必要があります。

治療者は「拘束を解除しづらい」事情を抱えている

身体拘束の解除を判断することは難しい話です。とはいえ、身体拘束はずっとすべきことではないので、先程のように「念には念を入れてもう少しだけ拘束を」という判断に陥りがちな医療側の意識は変えていく必要があります。

らいおん
らいおん

だって、解除した途端に患者が暴力事件を起こしたり、自殺企図したら病院に責任を問うでしょう。

ぶっさん
ぶっさん

精神科病棟って、実は精神病疾患患者の療養には向かない環境だったりするからね。摂食障害はトラブルに弱いし、同じ障害を持った患者と自分を比べちゃうし。拘束解除が、逆にストレス環境に身を置く環境になる場合もあるんだよね。

治療の責任を患者に返す

ただ、そのためには解除のための判断・責任を医師・医療者だけが背負うのではなく、患者自身(あるいは家族)も一定量は背負っていく必要もあるということです。

摂食障害で、しかも未成年の患者ですから、法的な責任を問うことは難しいですが。早期に解除するリスクを説明した上で同意能力がある人間が頷いたのであれば、その後に何か起きたら責任を問われても、本人に責任があると客観的に正しく評価できる社会環境じゃないと、なかなか「本人が希望するから解除」なんてことはできないと思いますね。

ぶっさん
ぶっさん

拘束解除の判断でも責任を問われ、拘束延長でも違法性を取られたので、今まで以上に身体拘束に対しては慎重にならざるを得ないですね。

らいおん
らいおん

今のところは、医療側の判断ミスしか注目されない世の中だけど、診察していた医師が暴言受けていた背景もあるなら、本人の年齢・特性を加味しても多少は相殺してやらないとやってられないよね。

精神医療審査会はあるが患者が利用しやすいものではない

監査、という点で補足すると、基本的にどの地域においても「精神医療審査会」というものがあり、精神科に入院する患者は自身の入院に対する処遇が不当だと感じたら退院や身体拘束の処遇を審査する請求をすることができます。

これは入院時にも身体拘束時にも説明されるのが原則ですが、この制度をちゃんと理解している患者は少ないと思います。加えて、病院の身体拘束を常時監査するようなシステムではないので、やはり病院は「訴えられるリスク」も加味して、患者の利益を損ねないように配慮できる仕組みを作っておくべきかな、と思います。

治療のための関係性の構築へ

とはいえ、やっぱり根底には「患者との信頼関係の構築」みたいなところもあるんだと思います。

治療にあたる医療者はどうしても拘束患者に対しては陰性感情が生まれる。摂食障害患者の根底には人格障害があることも多く、認知を歪ませている原因が「対人関係の不得手」だったりもするくらいだから、その対応は相当にストレスフルです。

ぶっさん
ぶっさん

ただ、その「対人関係がうまくいかない」ことが患者にとっての治療の焦点となる部分でもあるから、丁寧な対応で「治療として有効な関係性」をプロとして築いていかないといけないよなぁ、という自戒。

精神科のプロになる道は一朝一夕で攻略できず

補足すると、今回の判例の病院は総合病院だから、看護スタッフが必ずしも精神科のプロではない可能性があるのもポイントですね。

精神科看護には正解はないけど、患者の触れてはいけない琴線を安易に刺激する看護師もいるから、この辺りは気をつけていかないと。

本人の意思決定はどこまで認められるべきか

先にも書いた通り、摂食障害で低栄養状態の未成年患者の意思決定は難しいものです。

  • 未成年者に対して家族の同意だけで治療を始めてもいいのか
  • 歪んだ認知がある状態で、本人の治療意思を解釈していいのか
  • 低栄養状態の患者の判断能力をどう捉えるか
  • 時系列における意思の変化はどれほどまで配慮されるべきか

未成年であるということ

精神科入院の場合、この「未成年」の対応は苦慮するところです。

精神科の場合、入院形態で「行動制限」が適応できるかどうかが決まるのですが、「未成年の任意入院」というのが実に解釈の難しいものです。

未成年者又は被後見人の任意入院に際しての同意書について

法律上、未成年でも任意入院は可能ですが、「責任」の話になるとなかなかに厄介です。

患者が任意入院に当たって行う「同意」とは、民法上の法律行為としての同意と必ずしも一致するものではなく、患者が自らの入院について積極的に拒んではいない状態をいうものであること。したがって、未成年者又は被後見人である精神障害者の入院の場合の入院同意書の作成については、精神科病院の管理者との間の入院契約と異なり、親権者又は後見人の副書を求めたり、患者本人の同意書にこれらの者の同意書を添付させることは必要ではないこと。

https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00ta4592&dataType=1&pageNo=1

治療のスタートが「任意入院」であった時点で、入院に対する同意能力を医師が認めている、とも解釈されかねません。とは言え、治療経過上、行動制限を必要とする場合には「医療保護入院」に切り替えることを視野に入れることは安全管理の観点からも必要な準備であると言えます。

医療保護入院制度について|厚生労働省

未成年の同意能力を認めることは、逸脱の意思も重要視される

思春期であれば、一定の同意能力はあると考えられます。逆に言えば、「治療に向き合わない」という態度・言動は本人が「治療を拒否する」意思として判断されます。

ある程度の思考の合理性を認めた上で入院に同意できたのだから、治療に反する明確な意思があれば「治療継続のバリアンス」と考えられ、しかもその意思が明確であるが故に「治療の進行を大きく妨げる要因」と考えられても仕方がないと思います。

ぶっさん
ぶっさん

少し難しい判断になりますが、例えば幼児が点滴を抜いちゃった場合と、思春期の摂食障害患者が点滴を意図的に抜去した場合は、拘束の必要性とゴールが変わってくると思います。

らいおん
らいおん

子供の場合は、「点滴が刺さっている事象」が嫌で抜いていると考えれば、点滴さえ抜けない方法の行動制限でいい。なんだったら、点滴の時間を調整して観察強化できれば見守りだけでいい。

ぶっさん
ぶっさん

退院請求の交渉材料として点滴抜去しているなら、自分が同意できない治療に関しては同様の行為をする、という意思表示と解釈できてしまうからね。

少しこの辺りはケースバイケースなので、一概に言えることではありませんが、「未成年を拘束することの倫理」について考える場合には、この「未成年の意思決定」も丁寧に評価する必要があると思います。

病気の渦中での意思決定は?

未成年であれば人生経験が未熟で適切な判断ができないと考えられ、保護者がその責任を負うことになります。精神疾患患者も、病的体験の中にいる場合には適切な判断ができないと考えられ、保護責任者の同意が治療上、重要になってきます。

神経性やせ症という特性においての意思尊重

神経性やせ症の場合は、疾患の特性上、考え方に偏りができてしまいます。治療に対する意思決定においては、この「考え方の偏り」の影響があるかないかを見定める必要があると思います。

とは言え、合理的な判断ができないわけでもないので、治療者の言葉尻を捕まえて矛盾を突いたりとかはできますし、矛盾が生じるような説明で同意をとることも適切であるとは言えません。

低栄養状態の意思決定

低栄養状態においては、正常な脳機能が働いている状態であるとは言えません。この時点での意思決定は「患者の本意」として捉えることは難しく、医療者としては治療段階ごとに、当人にあった方法で治療についての説明を繰り返し、同意を得ていく必要があると思います。

逆に言えば、先程の「治療に対する反抗的な意思決定」においても覆る可能性があるとして、随時、丁寧に問診を続けていく必要があります。本人が治療に前向きになる可能性は低くても、「拘束が必要なほど治療に反する意思なのか」を評価しなければいけないんだと思います。

らいおん
らいおん

違法と取られた17日間は、この辺りの「本人の変化」も加味されているのかもしれません。本人の内面変化を客観的に知ることはできないので、評価方法は工夫する必要がありますね。

ぶっさん
ぶっさん

あの時、自己抜去したから信用できない、という評価ばかりを続けてはいけない、ということですね。

神経性やせ症の身体拘束は違法を受けてのまとめ

長文になるであろう予測はしていたのですが、やはり長くなってしまいました。最後にまとめていきます。

マスコミに対する違和感がすごい

まず、思春期の、未成年の女の子が77日間の長期間にわたって身体拘束を受けるというのは、マスコミ的にはセンセーショナルなネタとして取り扱ってくれますが、問題の本質には違和感を覚えます。

責任の一端はマスメディアの偏ったコンテンツ制作にもある

少し手厳しいことを言えば、マスコミが作り上げた「女性(あるいは男性)のイメージ像」が当事者たちの認知を歪めてきた背景があるのも事実。

精神科に責任を押し付けてやり玉にすれば話題性はあるのかもしれませんが、根本的に自分たちの偏向報道・コンテンツの作り方について先に見直すべきことがあるのではないでしょうか。

判例の女性は、まだ治療の渦中にあるんじゃないか、と思うのですが、彼女を祭り上げて「女の子を縛り上げることへの人権問題」とキャッチーな見出しに仕立て上げて、本当に彼女は幸せになるんだろうかと。

摂食障害患者の言い分は最大限配慮されるべき

ただ、根本的なことを言えば、やっぱり身体拘束は可能な限りはなくなるべきです。そういった意味では、今回の判例は前に進むための判決となったと思います。

つまり、精神科だけではなく一般(身体)科でも施設でも「常に拘束の必要性を考えながら、可能な限り拘束を解除する方法を模索し続けなければならない」ということの宣言なのだと思います。少なくとも、司法の場においては。

特に摂食障害の場合、まだまだ治療に関しても根拠となる・正解となるような治療法は確立されていないわけですし、身体拘束に関してはより慎重であるべきです。一方で、「治療としての必要性」に関しても認められたわけですから、これからこの「線引きのあり方」を模索していく段階になると思いいます。

精神科の治療に影響することは?

Twitterでは「リスクをとってまで摂食障害を治療する精神科は減るかも」と書きましたが、この辺りは世間の反応も重要な指標になると思います。Twitterの反応では医療側に理解を示す意見が多かったのですが、これは医療業界の界隈でのツイートを拾ったからかも。

報道が事実をエモーショナルに盛り上げない

だからこそ、マスコミの報道の仕方に疑問が残ったわけです。「身体拘束=人権問題」は確かにその通りなのだけど、「精神科=悪」であったり、治療の必要性に対する認知が歪んでいる患者の意見を「100%正義」のような報道のあり方には、本当にこれでいいのかな、という気持ちになります。

ぶっさん
ぶっさん

記事の書き方も「77日間の拘束は違法」という捉え方をする書き方をしているサイトもあったけど、「60日間の拘束に関しては合法」という部分も大きいわけで。どちらかと言えば「医療行為としては正当なものであったけど、拘束期間に対しては見直す必要がある」という判決だと思うんですよね。

これから、どう変わるのか

摂食障害患者にとって「不当な行動制限」とならない治療が確立されることが一番ですし、精神科病棟にとっても「不要な行動制限をしなくてもいい治療」となればいいことだと思います。そうなる可能性はあるのか、少し考えてみました。

拘束期間は短くなるのか

可能性としては、裁判で違法が取られたことで、全国的に拘束期間は短くなるかもしれません。これはいいことです。

ぶっさん
ぶっさん

身体拘束は順次解放していくのが基本的なやり方だと思うけど、なんにせよ解放のためのアクションをとっていくことが裁判におけるリスクヘッジにはなりそうですしね。

らいおん
らいおん

スタッフは大変ですけどね。観察を疎かにはできないので。

摂食障害の方に悪影響とならなければいいけど

ひとつ懸念しているのは、同じような摂食障害の方がこれらの記事を見たときに「私もカルテを開示しよう」「私も訴えてみよう」となること。私が心配しているのは「カルテ開示などは心理的な影響は大きい」ということ。

ぶっさん
ぶっさん

せっかく、ある程度治療が落ち着いて過ごせている方も、当時の記憶をフラッシュバックさせるようなカルテ資料なんかを見たら、治療上はいい影響はないよね。倫理的配慮のある記録方法の教育受けていない病院のカルテに書いてあること、案外えぐかったりもするから。

らいおん
らいおん

裁判だって、実名で報道されなかったとしても、心理的には多大な負担がかかる。もちろん、当人の気持ちを止められるものではないし、知る権利だってあるけど、それ相応の覚悟は必要だと思います。

偏向報道による治療関係への影響

記事としてのバランスを取れればと思い、なるべく情報を拾った上で、精神科側のスタッフとしての考えとして意見をまとめました。

ぶっさん
ぶっさん

報道の仕方によっては、それまで良好な治療関係を築けていた医療者ー患者関係にも影響があるかもしれないし。先にも書いたけど、神経性やせ症の場合は思い込みが強いところがあって、割と白黒思考になりがちなんですよね。報道が黒と報じたら、これまでの関係も簡単に裏返ってしまうよ。

らいおん
らいおん

マスコミは謝罪はしても責任は取らないからなぁ。病気のことに対する報道に関しては、もう少し中間的な立場で、情報の出し方にはもう少し慎重であってもいいと思うのだけど。

精神科としては、身体拘束についてはより慎重な対応が求められることになり、これ自体はいいことだと思います。スタッフは大変だと思いますけど。ただ、スタッフにとっても身体拘束は心身の影響が強いから、医療者にとってもなくなることが、本当はいいことなんですよね。

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