発達障害の疲労感についての情報をまとめています。

仕事して思ったけど、みんなどうやってあんなに動いているの? 仕事から帰って家事・育児とかできるわけがないんだけど。なんか別のエネルギー産生回路でもできているの?
私は子供が産まれた時点でお手上げ状態になり、看護師を辞めることにしました。発達障害があることが言い訳になるとは思っていませんでしたが、調べていると、どうやら発達障害があるだけでかなりエネルギー効率が落ちることはわかってきました。
このページでは、どうして発達障害があると疲れやすいのか、について解説していきます。解決策や周囲の対応についてもいろいろ考えてみましたので、少しでも過ごしやすくなるための参考になれば幸いです。
少し長い記事にはなりますが、ちょいちょいまとめを書いていきますので、全部読もうとせずに、要点だけ掴んでいただければ幸いです。
発達障害が疲労を訴え続ける、その理由
ここから、発達障害と疲労の関係性について解説していきます。
疲労感の原因は何?

まずは、原因から。
刺激に対する反応量が違う
まずは、「受け取る刺激が多すぎて、対処に困って疲れ果てる」という問題から。
発達障害者は「感覚過敏・鈍麻」があることでも知られています。人間は、ある一定量以上の閾値を超えた刺激を受けると神経が興奮して情報を伝え始めます。
感じやすい、というよりは「感じた刺激が脳内で増幅処理される」
これは私の考えでしかありませんが、発達障害の刺激の受け取りに関しては、閾値に関しては定型発達と発達障害に関しては明確な差は生じないと思っています。
大事なのは「情報の受け取り方」の方。
ある刺激に対して処理がうまくいかずに「刺激に集中してしまう」ことで過敏。
刺激を思考回路で処理する際に、対応が必要なものでも優先順位の付け方が間違って不適切に後回しにされてしまうものが「感覚鈍麻」であると言えます。

人間には、刺激に対する評価を潜在意識の中である程度処理できる能力があるみたいなんですけど、その「潜在化での刺激処理」が適切に行われにくいのが発達障害の特性のひとつ、ということですね。
簡単に言えば、「無視できない」のが知覚過敏で、「気づかない」のが感覚鈍麻、と言う感じだと思います。刺激に対するタグ付けがうまくいっていないような状態なんじゃないかと思っています。
意外なことに「どれくらい弱い刺激まで感じることが出来るか」という刺激の閾値と、感覚過敏の訴えとは、明確な関連はありませんでした。
発達障害の方の「生きにくさ」の背景にある脳内メカニズムの解明に向けて
エビデンスを探っていないので一概には言えませんが、発達障害の知覚の異常は、刺激を受け取った後の処理になんらかしらの障害があることが考えられます。
不必要な刺激を受け取り、余計に疲労困憊する
つまり、定型発達の方が無自覚のうちに情報の種類を選別して「無視できる刺激」としたものでも、発達障害の場合は刺激に対する処理に思考回路を使ってしまい、余計なカロリーを使っている、とも考えられるわけです。
「感覚の異常」自体が定型発達の方からは共感を得られにくい部分ではあるのですが、この感覚以上がもたらす疲労感についても理解がしにくい部分はあると思います。

でも、服のタグに違和感を感じている子は、それを着ている間はずっと針で突かれたような感覚であるとわかれば、「簡単に我慢できることではないな」ということは伝わるのかな、とは思います。

とはいえ、私の妻(看護師)も子供が「服が痛くて嫌だ」と言っている時も「我慢しなさい」って言っているくらいだから、自分の感覚とは違うものを理解するということはすごく難しいことだとは思っています。
周囲と歩幅があいづらい・協調が難しい
次に、「読めない空気を読もうと不毛な努力を続けた末に、居るだけで疲れる」という問題。
空気読めなくても、読もうとはするし、その分、疲れる
ASDの方はコミュニケーションが苦手と言われてはいますが、感情がないわけではありません。シグナルを見落としやすい特性があるだけで、失敗すれば傷つき、嫌なことをされれば怒ります。むしろ、他の人がスルーする刺激に対しても矛盾や疑問を感じてストレスに繋がるシチュエーションもあります。
ADHDは失敗が多いので、常に自分の失敗がないかを探す習慣がついている方がいらっしゃると思います。私はそうでした。失敗は探すのですが、自分の気づかない失敗が発生するので、ミスを減らすことはできますが、無くすことはできないんですけどね。それでも、失敗に怯えながら毎日失敗すると言うのは、かなり疲れるものです。

声かけられるだけで「怒られる!」と身構えたら、その態度が気に食わないと怒られることもあるしね。
LDにおいても、他の人より作業に時間がかかることが多く、しかも苦手な作業に長時間集中する必要があるので、周囲のペースに合わせるだけで相当量のストレスを感じているはずです。
周囲と合わせるために、発達障害者はより多くの周囲の動きに反応する必要があります。そして、自ら建てた「注意のアンテナ」はそれほど感度が良くないので、周囲はその努力を感じることは難しい。このギャップも、「疲れやすい」原因のひとつと言えそうです。
リミッターが切れる
ADHDの場合は、注意散漫とすることも問題ですが、注意散漫という状態は「注意すべきものに注意を払わずに、他のことに集中している」という状態です。ASDに関しても興味・関心のある分野・事柄に関しては特徴的な集中力を見せるため、自分の疲労感にも気づかずに作業に熱中してしまうことがあります。
これらの「集中力」の障害が起こる場合、集中力が切れた際に自覚していなかった疲れがどっと押し寄せてきます。疲れを意識すると、今度は疲労感に集中してしまうため、途端に動けなくなってしまいます。
この辺りも、定型発達の方からすると「疲れることなんか誰にもあるんだから、大袈裟だな」と思われるかもしれませんが、過集中の人たちは「ちょっと疲れたから休もう」ができない人たちです。人生はマラソンに例えられますが、我々はいつも短距離走で臨んでしまうので、適宜休憩を取るというのは大事なこと。この「全力で走ってしまった後」がリミッターが切れた状態だと言えるので、夕方にもぬけの殻になっているADHDお母さんがいたら、「サボっている」ではなく、「今日も一日全力疾走してきたんだな」と思って休ませてあげるのが一番です。
休憩・睡眠の質
ADHDはナルコレプシーという睡眠障害を併発しやすく、疾患自体にも関連性が認められつつある発達障害です。
ナルコレプシーとADHD特性が遺伝的に関連していることを発見-浜松医大
ちなみに、私も高校生の時には授業に対する興味も薄くなったこともあって「すべての授業を寝て過ごす」という、何しに高校に行っているのかわからない状態でした。
さて、そうなると気になってくるのがADHDと睡眠の質。
この辺りは他の記事で丁寧に解説する予定ですが、先に簡単に解説すると、ADHDに関しては夜間の睡眠の質が悪いことも確認されています。昼夜逆転しやすい性質なんですよね。
先程の過集中の説明でも書きましたが、日中の「休憩」の取り方も下手くそなところがあるので、疲労をためがち。そして、過度な疲労やストレスは睡眠だけでは解決できず、しかし疲労感は抜けないことからロングスリーパーになりがち。余計に疲労が積み重なる生活習慣が出来上がってしまうのです。
他の人と比べて「疲れやすい」と言えるのか

いわゆる「定型発達」と言われる方達も、我々と同じように「定型的要素」に関してはスペクトラムがあると思っています。つまり、完璧な定型発達という方はほとんどおらず、どのかたも片足か、あるいは爪の先くらいは発達障害の特性に踏み込んでいる、とも言えます。
その前提において、誰が誰と比較して「疲れやすいのか」を論じるのは少し難しいところもあるのですが、少なくとも発達特性が強く出ている人ほど、疲れやすく感じる要素は増えるんじゃないか、ということくらいは言えるような気がします。疲れるわね。
疲れやすさに合理的配慮は必要?
合理的配慮の必要性は、雇用者と雇用主、あるいは教員と生徒などの関係性において自然に発生するものだと考えています。言い換えると、配慮が必要だという場合には声をあげ、声を聞いたときには配慮の内容を検討する必要性はあるといえます。関係性の中で上下・優劣が自然と発生するような場合には特に慎重に対応する必要があると言えるでしょう。
では、「どれくらい配慮すべきか」という点においては、個人差があるので何ともいえませんが、ひとつの指標は組織や集団においてのメリットと天秤にかけます。疲労は放置すればストレスによる不調を起こすことは明白で、これは人間関係にも影響を及ぼします。休憩を取ることでどれくらい生産性(勉強であれば習熟度)に影響を与えるか、ということを考える必要があります。
また、集団においては不平等・不均衡が発生すると、それだけでトラブルの原因となりえます。周囲の理解・協調を図ることも教員(人事)や雇用主(上司)の勤めであるといえます。
どうしても、最初のアクションは当事者(発達障害者)から声を上げる必要があります。この点が「すでに自尊心が地の底まで落ちている」という方達にとってはツライところではあるのですが、発信しないことには理解も得られないので、とにかく「何がツライか」を明確に、しかも順序立てて説明する必要はあります。
このサイトが、説明などの役に立てれば一番いいのですが、まずは「発達障害と疲れやすいということ」を説明するための資料としてご活用していただけえれば幸いです。
発達障害の疲労への対策
では、具体的に「発達障害の疲労」に対して何ができるかを考えていきたいと思います。
休む時間を決める

まずは、合理的配慮も取りやすい「休憩時間」の設定です。
休憩時間は公平を期すために一律に取られることが多いと思いますが、そもそもの能力や特性が一緒ではないのですから、休憩に関しても適宜配分されることが本来望ましい形だと思います。仕事であれば生産性が維持されればいいわけですし、学業においても他の生徒の邪魔にさえならなければ少し教室から出て外を眺める時間があってもいいとは思います。管理が大変ですけど。
あまり自由裁量にすると、みんな好き勝手に休んでしまうので、評価基準と連動して休憩を設定していく必要がありますが、個々人が自分の仕事をしっかりと理解した上で働く、というのは仕事に対するモチベーションを育てる上でも重要なファクターです。
仕事でも勉強でも、目的は「時間通りに作業させること」ではなく、学問への理解を深めたり、仕事の効率を高めて会社の業績を高めることです。やらせたことで満足せず、適切に休憩時間を配分・配慮できることが、管理者の務めであると言えます。
当事者としては、「疲れた」ということを上手に伝える方法を考えておきます。疲労と休憩の合理性を適切に説明する能力こそ、我々発達障害当事者にとって今後必要になってくるスキルだと思います。
そもそも、なんで「疲れた」ということへのハードルがこんなにも高くなってしまったのか、というところも問題な気はするけどね。
ポモドーロ・テクニック
強制的に休憩時間を決める場合には、集中力を持続させる方法でもある「ポモドーロ・テクニック」を利用するのがおすすめです。時間の設定はお任せしますが、一定の作業時間と休憩時間を組み合わせてセットとし、これを業務時間中にひたすら繰り返すというものです。
例えば、30分の作業時間が終わったら、休憩時間を10分とる、という感じですね。この40分間を4セットしたら午前中の業務は終了、という感じで取り入れます。私もガチで納期に間に合わない時にはこれを取り入れています。
これは、取り掛かりが遅くて後回しにしがちなADHDにはおすすめの方法です。作業時間が数時間もあるとうんざりしますが、「休憩時間にはちょっとゲームするぞ」と決めてやれば30分くらいなら見通しを立てやすくてモチベーションが保てます。
睡眠の質を向上させる

当サイトでも睡眠に関する記事はたくさん書いていますが、睡眠の質を向上させるのは容易ではありません。
ADHDの場合は元来のナルコレプシーの症状が出やすい特性も相まって、服薬によって中途覚醒を促す薬まであります。睡眠の質は落ちがち。
発達障害と睡眠の項目で解説しています。

余計な刺激はシャットアウトする

感覚過敏の場合は、それだけで神経がすり減りやすい状態であると言えます。そのため、強制的に刺激をシャットダウンする環境を整えます。
仕事中で言えば、心理的な刺激もなるべく減らすように、管理者は支持数を減らして取り掛かる業務・作業をコントロールします。マルチタスクは心理的な負担が大きく、次の作業が気になって取り掛かるべき業務への集中力が減退します。
やるべきことの設定と見直し
発達障害者当人の抱える悩みを表出できるかどうかはどうしても本人の力によるところが大きいですが、悩みが明らかになった場合には環境調整などで対応できるよう配慮することが大切です。
先程の「心理的刺激」に近いところがありますが、まずは「本人は何ができて、何ができないのか」を確認し、仕事内容や学習環境の見直しをしていくことが重要な対応だと思います。
業務区分の明確化
仕事の観点で言えば、疲労を感じているということは仮にこなせていたと周囲が判断していても、不適正な負荷がかかっている状態であることは配慮すべき点だと思います。
本人にとって何が負担だったのかを聴取し、どれくらいの業務量なら対応可能か、あるいは他の代替作業を割り当てるか、などを検討します。場合によっては給与を削減せざるを得ない事情は出てくるかもしれませんが、代替作業でどこまで埋め合わせが可能なのか、必ず生産性の変化を評価した上で考えていきます。
私の場合は発達障害の配慮を受けて働けるなら給料が減ることは仕方がないと思いますが、給料が減る分だけ、社会的弱者という立場に貶め「抵抗できない」雇用関係とならないように配慮することは必要だと思います。
少し難しい問題ですが、「障害者なんだからこれくらい安い賃金で我慢してよね」では本人も逃げ場所を失うだけで追い詰めることになってしまいます。あくまでも、業務量と賃金は適度なバランスをとり、第三者が見ても適正だと判断できる給与体制を保つことは必要です。
学校においては、発達障害児の集中力や興味対象をアセスメントした上で、授業中の様子を見ながら授業を進め、休憩時間を随時設定していきます。
必然的に、授業で進捗状況が圧迫されるので、集中力が途切れてうまく説明できなかった部分などを家庭に引き継いで指導できるように家庭学習をサポートできるような体制を作ると双方の負担が和らぐと思います。家庭学習の習慣化は長い人生においては大事なことですから。
周囲への協力、線引きを決めておく
ある程度「何をするべきか」という方針が立てば、あとは周囲の協力を促していきます。ここがすごく大変。
定型発達の方達や、発達障害じゃなくてもなんらかしらのディスアドバンテージを受けている方達からすると「疲れやすい?そんなの甘えだ!」という意見は必ず出てきます。自分の業務量と他の人の仕事量を客観的に評価できる人はそれほど多くはありません。みんな、自分は頑張っているし、他の人は努力が足りないと思うものです。
特に、発達障害の人はミスが多いこともあって「下に見られる」ことが多くて、合理的配慮がなされた後でもチームで動く場合にはメンバーからの不満を受けやすいと思います。
本人が負担に感じるポイントを共有する際にも、実際の仕事の場面においての具体例に落とし込んで説明できるのがいいと思います。
看護師の場合ですが、例えばマルチタスクにならないように、業務を委託する場合は窓口をリーダーだけに絞ったり、声かけする場所は「ナースルームで座って記録をしているとき」などのシチュエーションを限定したりが、本人の負担を無闇に増やさない方法だと思います。
疲労感という意味では、例えば休憩室を別に準備する、などの配慮があってもいいと思います。雑談が苦手な発達障害者はたくさんいます。そんなに休憩室は用意できないよ、という場合には少し休憩時間を長めに設定してカフェなどの利用を許可してもいいと思います。業務時間の設定はもっと自由に考えてもいいと思うので。
本人もフェアネスを覚える
合理的配慮を受ける場合、特に「他の人も本当は配慮されたい疲労感」についての配慮である場合には、先にも書いたように「不平等」「不公平」を感じさせない、周囲のスタッフへの配慮も重要です。
スタッフへの配慮は、管理者の責任にはなると思いますが、発達障害当事者である本人も配慮のかける行為とならないように情報共有する機会(面談)は頻繁に設けるべきです。ASDもADHDも周囲への配慮を苦手とする場合が多いです。余計なトラブルを生むことのないように、「どういう行為が配慮に欠けるのか」を適宜伝えていきます。
例えば、業務時間を少なくしてもらっておきながら、「昨日は夜中まで遊んじゃった」などと言ってしまえば、遊ぶための配慮になっていると受け取られかねません。業務時間外の生活行動まで制限する必要はありませんが、配慮のない言動だと捉えられても仕方がないとは思います。
合理的配慮を受ける上で、周囲にはどのような負担が生じているかは自身でもしっかりと考えた上で、自分ができることをしっかりとこなしていくことが重要だと思います。
余裕ができてくると、少しずつチャレンジできることも増えてくるので、焦らず、できると思ったことは失敗を恐れずにやってみることが大事ですね。
例えば、コミュニケーションが苦手でも、毎日挨拶だけは元気よくやる、とかをやっているだけでも周囲は変化を感じ取ってくれるものです。何ができるか、を適宜相談できる環境も作れるといいですね。
疲労感の少ない働き方とは
極論で言えば、私のようにフリーランスになって自分の裁量で仕事の分量を決めて働けることが一番だとは思います。
ただ、すべての人の持つ能力が「フリーランス」に向いているわけでもないので、チームで共同して作業することが向いている方まで雇用関係を解消することはないと思います。雇用は雇用でメリットがありますし。
消耗しすぎない働き方を考える
- 無理はしないこと
- 業務量は調整できるようにする
- できないことは適宜、諦めることも考える
- できないことがあっても、代替作業を頑張る
- 苦手なことよりも得意なことをする
発達障害児の疲労への配慮
少し仕事関連に注力しすぎたので、発達障害児の疲労についても少しだけ書いておきます。
子供だからこそ周囲の大人が注意すべき
発達障害児は特性から「疲れに気づきにくい」ことがあります。また、不快感などを感じていてもうまく言語化できないこともあります。周囲の大人は、まずは子供がツラいことをツライと表出できるような雰囲気を作っておきます。本人が伝えたいことがある場合は、本人がうまく伝えられない場合でも根気強く傾聴し、言語化をサポートします。
子供だからこそ、将来のことを考えて「我慢する」ことではなく、自分のツラいことを適切に言語化できるスキルを身につけていくべきです。
疲労と混同しやすい症状に気をつける
ちなみに、ただの疲労と間違えやすい症状を知っておくと、子供が「疲れた」と言っているときに他の症状と鑑別する必要はあります。気をつけてください。易疲労性のある症状をまとめておきます。
- 睡眠不足
- 低栄養
- 貧血
- 熱中症
- 低血糖
- 怪我・虫歯
- 抑うつ
発達障害と一緒に過ごすことによる疲労
最後に、補足として「一緒に過ごす家族や職場のスタッフ」が発達障害に振り回されて疲労する、というシチュエーションも押さえておきながら終わりにしたいと思います。
失敗に振り回される
発達障害と一緒に働くと「仕事量が増える」と感じている方は、結構いらっしゃるようです。ASDはコミュニケーションのトラブルを呼びやすく、ADHDはミスを量産します。発達障害があると周囲への配慮も後回しになりがちですが、一緒に仕事をする人の気持ちを考えて、「ADHDだからミスして当然」という態度が出てしまったりしないように気をつける配慮は必要です。ミスを察知したら、素直に誤り、その上で対策を考えていく、この連続です。
ミスをする、配慮に欠ける言動がある、というのは特性としては仕方がない部分はありますが、特性を踏まえた上でミスを減らす対策をしっかりととり、配慮のない行動があれば指摘を受けた上で繰り返すことのないように気をつけることは続けていくべきです。
配慮ない言葉に悩まされる
繰り返しになってしまいますが、ASDはコミュニケーション上の重要なシグナルを見落としやすく、ADHDはつい余計なことまで言ってしまいがちです。我々も傷つきますが、当然、会話に付き合っている周囲も辟易とした気持ちで一緒にいる可能性があるのです。
前述の対策面でも、「休憩は個室で」ということを書きましたが、これはある種、双方にとって程よい距離感を生むための施策でもあります。
カサンドラ症候群の話
カサンドラ症候群に関しては別記事を立ち上げます。カサンドラ症候群の場合は、パートナーの情緒的関係を築くことの難しさからなるものですが、発達障害者と一緒に生活をするということはそれなりに負担があることです。
私は精神科の看護師でしたが、この「精神的な疲労」に関しては本当にツラいもので、蓄積はするものの休んで回復するものではありません。解決策も、家族で乗り越えていくしかないので、話し合いの回数でとにかく相互理解を深めていくしかなく、かつその話し合いの過程もお互いにツラいものになるので、言ってしまえば消耗戦です。一朝一夕では解決しないことをお互いに理解した上で、ひとつずつ行動を修正していくことしかできません。
お互いに、変えられるのは自分の行動だけですからね。自分の行動を変えて、相手の感情の変化を待つ。これだけです。相手の行動は変えられないし、自分の感情も変えられないのです。
疲労感のまとめ
長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。最後にまとめを用意しておきますので、「よくわからなかったな」という場合でも、要点だけでも消化していっていただければ幸いです。
発達障害があると疲れやすいの?
- 感覚が過敏で疲れる
- 感覚が鈍い、過集中でいつの間にか疲労困憊している
- 運動のぎこちなさで余計に疲労する
- できないことにチャレンジし続けて消耗する
- 周囲に合わせるだけで疲れる
発達障害の疲労対策
- 強制的に休憩する仕組みを作る
- 心理的/物理的な刺激を減らす
- できないことにチャレンジしすぎない
- 周囲に合わせようとしすぎない
- お互いが消耗しすぎない距離感を考える
こんな感じです。記事はまだまだ修正予定ですので、「こんな対策もある」というご意見や、共感・反対意見などありましたら遠慮なくコメント欄をお使いください。一緒に発達障害の疲労についての対策を考えていければ一番嬉しいことです。
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