「やることは分かっているのに始められない」「遊びや作業をなかなかやめられない」「途中で指示を忘れる」「予定が変わると動けなくなる」。こうした困りごとは、本人のやる気や性格だけでは説明できないことがあります。
その整理に役立つ考え方が実行機能(executive function)です。実行機能は一つの能力ではなく、必要な情報を頭に置く、いまの反応を止める、状況に合わせて切り替える、といった複数の働きが協力して、目標に向かう行動を支える仕組みです。
この記事では、実行機能を「能力が高い・低い」で決めつけるのではなく、どの処理に負荷がかかると生活上の困りごととして見えやすいのかという視点から整理します。ADHD・ASD・知的障害との関連や、検査と日常生活のズレ、トレーニングで分かっている範囲、家庭や支援現場でできる環境調整まで扱います。
先に結論:実行機能の困りごとが疑われるときは、「もっと集中して」「ちゃんと覚えて」と努力量を増やす前に、覚える量・止める負荷・切り替えの予測可能性・周囲の刺激を確認する方が、支援の手がかりを見つけやすくなります。
実行機能とは?「目標に向けて自分を動かす」ための仕組み
実行機能は、目標に合わせて注意・思考・行動を調整するための複数の認知機能の総称です。Adele Diamondの代表的な総説では、抑制、ワーキングメモリ、認知的柔軟性が中核的な実行機能として整理されています。
Harvard Center on the Developing Childも、実行機能と自己調整を、情報を保持して使うこと、注意を調整すること、気を散らすものを抑えること、状況に応じて切り替えることに関わる技能として説明しています。子どもは完成した実行機能を持って生まれるわけではなく、発達や経験の中で長く育っていきます。
「頭の中の司令塔」とたとえられることもありますが、一人の司令官が全部を担当するイメージより、いくつかの機能がチームとして協力すると考えた方が実態に近いでしょう。
まず知っておきたい3つの中核実行機能

実行機能を生活の困りごとへつなげるときは、まず「止める」「覚えながら使う」「切り替える」の3つに分けると整理しやすくなります。3つは別々に働くのではなく、同じ行動の中で同時に使われることがよくあります。
| 中核実行機能 | 簡単に言うと | 生活の例 |
|---|---|---|
| 抑制 | いま出そうな反応や注意をいったん止める | 話を最後まで聞く、遊びを中断する、衝動的な行動を待つ |
| ワーキングメモリ | 必要な情報を一時的に保ちながら使う | 2〜3段階の指示を覚えて行う、途中経過を覚えて計算する |
| 認知的柔軟性 | ルール・視点・行動を状況に合わせて切り替える | 予定変更に対応する、別の方法を試す、作業から次の活動へ移る |
ワーキングメモリについて詳しく知りたい場合は、既存記事の「ワーキングメモリに関する基本的なこと」で、記憶の仕組みや発達を詳しく整理しています。
計画・問題解決・「始める力」は3つとどう違う?
実行機能を調べると、「3つ」と説明する資料もあれば、計画、時間管理、組織化、行動開始などを含めてもっと多くの要素を挙げる資料もあります。これは必ずしも矛盾ではありません。
Miyakeらの古典的研究では、shifting(切り替え)、updating(情報の更新)、inhibition(抑制)は互いに関連しながらも分けて測定できることが示されました。Diamondの整理では、こうした中核機能を組み合わせることで、推論・問題解決・計画など、より複雑な実行機能が成り立つと考えます。
たとえば「宿題を始める」だけでも、やることを思い出す、遊びを止める、必要な道具を準備する、順番を決める、予定外の問題に対応する、と複数の処理が必要です。「行動開始」という一つの困りごとに見えても、その背景は人によって違います。
実行機能がうまく働かないと、生活ではどう見える?
実行機能の負荷は、検査室よりも日常生活で複雑になります。家庭や学校では、同時に話を聞き、周囲の刺激を無視し、次の行動を覚え、いまの活動を止め、時間まで気にしなければならない場面が少なくありません。

| 見えている困りごと | 関係しうる処理 | まず確認したいこと |
|---|---|---|
| 指示を途中で忘れる | ワーキングメモリ、注意 | 一度に伝える情報が多すぎないか |
| 遊びをやめられない | 抑制、切り替え | 突然止める要求になっていないか |
| 予定変更で止まる | 認知的柔軟性、予測 | 変更を事前に知る方法があるか |
| 始めるまで時間がかかる | 計画、ワーキングメモリ、切り替え | 最初の一手が具体的に見えているか |
| 段取りが増えると混乱する | 複数の実行機能 | 手順を外に出して減らせないか |
この表は診断のための対応表ではありません。同じ「忘れる」でも、そもそも注意が向いていなかった、言葉の理解が難しかった、疲労や不安が強かったなど、別の要因があり得ます。行動だけで原因を一つに決めないことが重要です。
ADHD・ASD・知的障害と実行機能の関係
実行機能の困難は、特定の診断だけに見られるものではありません。2024年にNature Human Behaviourで公開された系統的レビュー・メタ解析は、18歳未満を対象とした180研究を統合し、神経発達症全体では対照群より実行機能の遅れが中程度大きいことを報告しました(Hedges’ g=0.56、95%CI 0.49–0.63)。
興味深いのは、診断群どうしを比べると差が少なかったことです。ADHDではチック症や限局性学習症との比較で注意・反応抑制・計画・ワーキングメモリの遅れが大きく、ASDではADHDとの比較でset-shiftingの遅れが大きい結果がありました。一方で、ASDとADHDの全体的な実行機能には有意差がありませんでした。
別の2024年メタ解析でも、ASDとADHDは典型発達群より実行機能の困難を示す一方、神経心理学的な直接検査では両診断のプロフィール差はほとんど見つかりませんでした。つまり「ADHDなら必ず抑制」「ASDなら必ず切り替え」と個人へ当てはめるのは適切ではありません。
知的障害については、別のメタ解析で精神年齢を合わせた対照群より実行機能課題の成績が低いことが示されています(g=-0.34、95%CI -0.53〜-0.16)。ただし研究間のばらつきは大きく、69種類もの検査が使われていました。この研究は抑制・shifting・attentionを中心に扱ったもので、ワーキングメモリや日常質問紙を含む包括的なプロフィールと同一視はできません。
大事な点:研究は「ある診断群の平均的な傾向」を示します。目の前の人が何に困っているかは、診断名よりも実際の生活場面を見て判断する必要があります。
「検査ではできるのに日常ではできない」が起こる理由
実行機能には、カードやパソコン課題などで能力を直接測る方法と、保護者・教師・本人が日常生活を評価する質問紙があります。この2つは、同じ「実行機能」という名前でも捉えているものが完全には同じではありません。
2024年のASD・ADHDメタ解析では、直接検査ではASDとADHDの差がほぼ見られなかった一方、質問紙では差が出ました。また、神経発達症横断メタ解析でも、informant-based measureの効果量はperformance measureより大きく、評価方法自体が結果に影響していました。
「日常生活に似た検査なら現実の能力が正確に分かる」とも限りません。2024年の系統的レビューは、実行機能検査の生態学的妥当性について、見た目が日常課題に似ているだけでは生活機能を予測できる証拠にはならないと注意を促しています。
そのため、支援では検査点数だけでなく、家庭・学校・施設・仕事で「いつ」「何が重なると」「どこで止まるのか」を合わせて見ることが大切です。
実行機能は「鍛えれば治る」のか?
実行機能のトレーニングは、「練習した課題そのものが上達すること」と「練習していない生活場面まで良くなること」を分けて考える必要があります。前者はnear transfer、後者はfar transferと呼ばれます。
神経発達症の子どもを対象にした系統的レビュー・メタ解析では、EFトレーニング後のfar transferとして、日常生活機能に0.46、臨床症状に0.33の有意な効果が報告されました。ただし、対象となった研究は系統的レビュー17研究、メタ解析15研究で、結果のばらつきも大きいとされています。
つまり、「訓練は意味がない」とも「ワーキングメモリゲームを続ければ生活全体が改善する」とも言い切れません。本人の困りごとに近い場面で練習し、環境側の支援も組み合わせる方が現実的です。
ワーキングメモリのトレーニングや発達障害との関連は、既存記事の「発達障害とワーキングメモリの関連と、リハビリ・治療・トレーニング」でも扱っています。古い研究を含む記事なので、現在のエビデンスと合わせて読むのがおすすめです。
支援は「努力を増やす」より「実行機能を使う負荷を減らす」

実行機能は、頑張るほど無限に使える資源ではありません。情報量が多い、刺激が多い、急な変更がある、疲れている、同時に複数の判断を求められる、といった条件が重なるほど、本人が持っている力を発揮しにくくなります。
- 指示を減らす:「着替えて、歯を磨いて、鞄を持って」ではなく、まず一つを提示する。
- 情報を外部化する:覚え続けなくてよいよう、予定・手順・持ち物を見える形にする。
- ルーティン化する:毎回ゼロから判断する場面を減らし、同じ流れで動ける部分を増やす。
- 変更を予告する:切り替えの前に「あと5分」「次はこれ」と見通しを作る。
- 刺激や選択肢を減らす:音・人・視覚情報などが多すぎるときは、処理する量を減らす。
- 実際の場面で練習する:課題だけでなく、困っている生活場面で使える方法を一緒に試す。
努力を増やす前に、実行機能を使う負荷そのものを下げることが支援の出発点になります。これは本人の能力を「諦める」ことではなく、使える力を発揮しやすくする足場を作る考え方です。
メモも外部化の一つですが、「とにかくメモを取らせる」だけでは負荷が増えることがあります。具体的な工夫は「ADHDはメモを取るのが苦手? 解決策と記憶の話」も参考になります。
困りごとを見るときの簡単なチェック
「できない」と評価する前に、次の5点を確認すると、支援を変えられる場所が見つかりやすくなります。
- 覚える量:頭の中に置いておく情報が多すぎないか。
- 止める負荷:いま集中している行動を突然中断させていないか。
- 次の一手:次に何をすればよいか具体的に見えているか。
- 変更の予測:予定やルールの変更が急すぎないか。
- 使える状態:疲労、不安、感覚刺激、空腹、眠気などが重なっていないか。
このチェックは自己診断や診断判定のためのものではありません。困りごとが強く、学習・仕事・家庭生活・安全に大きく影響する場合は、医療機関や心理職、作業療法士、学校・福祉の支援者など、本人の生活を実際に見られる専門職と相談しながら整理してください。
まとめ:「できない」より「どの処理で止まっているか」を見る
実行機能は、一つの能力ではありません。抑制、ワーキングメモリ、認知的柔軟性を中心に、計画や問題解決などが組み合わさって目標に向かう行動を支えています。
- 「忘れる」「止められない」「切り替えられない」は、別々に見えて実行機能の負荷としてつながることがある。
- ADHD・ASDなどで群平均の違いは研究されているが、診断名だけで個人の弱点は決められない。
- 知的障害でもEF課題の困難は示されているが、研究のばらつきが大きい。
- 検査成績と日常生活の困りごとは一致しないことがある。
- トレーニングだけでなく、情報の外部化、ルーティン化、予告、刺激・情報量の調整が重要。
支援で大切なのは、「本人に実行機能があるかないか」ではなく、いまの環境で、その実行機能を使える状態になっているかを見ることです。本人を責める前に、処理のどこで詰まりやすいか、環境側で減らせる負荷はないかを考えると、具体的な支援へつながりやすくなります。
参考文献・情報源
- Diamond A. Executive Functions. Annu Rev Psychol. 2013.
- Miyake A, et al. The unity and diversity of executive functions. Cogn Psychol. 2000.
- Harvard Center on the Developing Child. InBrief: Executive Function.
- Sadozai AK, et al. Executive function in children with neurodevelopmental conditions: a systematic review and meta-analysis. Nat Hum Behav. 2024.
- Ceruti C, et al. Comparing Executive Functions in Children and Adolescents with Autism and ADHD. 2024.
- Spaniol M, Danielsson H. Executive function components in intellectual disabilities: meta-analysis. 2022.
- Bombonato C, et al. Far Transfer Effects of Trainings on Executive Functions in Neurodevelopmental Disorders. Neuropsychol Rev. 2024.
- Suchy Y, et al. Pitfalls in research on ecological validity of novel executive function tests. Psychol Assess. 2024.



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