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本当は親が子供に怒る必要がないこと。マナーやルールについてどう教える?

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命の危険度に合わせた子供への怒り方はこちら。このページでは、「実は怒る必要がない」と考えてもいい怒りがちな実例を考えていきます。

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本当は怒る必要がないのに怒るケース

まずは、何を怒るべきで、何を怒らざるべきかを整理していきます。

親の価値観で「正しい」と思い込んでいるだけのこと

  • 学校に行かないといけない
  • 親の言うことは聞かないといけない
  • 子供らしく振る舞わなければいけない

親ができないのに無理強いしているケース

  • 本を読みなさい、勉強しなさい
  • マナー・ルールは守りなさい
  • 人に迷惑をかけないようにしなさい
  • 良い学校に行き、良い会社に就職する

幸せになるためには不要なこと

  • お金は大事に使いなさい
  • 我慢しなさい
  • 言葉を正しく使いなさい

本当に怒らなければいけない僅かなこと

  • 生命が脅かされるか、後遺症の残る事故につながること
  • 自分が一緒にいたい人(家族や友達)と、一緒にいられなくなるような言動

少し抽象的でしたが、「大きな怪我」につながる危険行動と、相手の人権をゆるがすような言動だけは慎むように怒るくらいで、あとは実際は本当に怒るべきかどうかはケースバイケースです。

ぶっさん
ぶっさん

怒る前に少し考えるくらいでちょうどいい事例がほとんど。むしろ、何も考えないで怒ることのリスクは思ったよりも大きい。

怒るべきではない理由を見直す

解説の項。

親の価値観は正しくないということ

ざっくりといえば、以下の理由からです。他の記事で詳細に補足していますが、世の中の人はそんなに暇じゃないので要点だけ書いておきます。

  • あなたの親の価値観は、今の子育てに通用するか考えてみる
  • 親の躾で正しかったことはどれくらいあるのか
  • 親の価値観で築かれた今の世界は、果たして正しいのか
  • 自分の知識は、子供に教えられるほど正しいものなのか
  • 親の価値観が、子供の人権を阻害している場合もある
  • 親の言う通りにすれば、本当にいい結果が待っているのか

「私は絶対に正しい!」と言う方は、そもそもネットで検索してWebページを眺めていることはないと思うのでここにはいないと思いますが、自分の育児に疑問があっても「怒らなければいけない」と思い込んで、注意しているようなケースは多いと思います。

親もできないことを子供にさせる

まず、親が注意することは大概、親自身もできていないことがほとんどです。子供に注意する前に、自分の行動で証明できるか考えて、できないようなら「怒る」という方法ではなく、子供と一緒に「トライする・チャレンジする」という姿勢で臨むべきです。

言うことを聞いても幸せにはならない

幸福度の話をどこかでしたのですが、少なくとも親の言うことを聞いて「幸せになった」と言うケースは幾らかはあると思いますが、今の日本の幸福度は低いと言うのが実情です。そもそもが「正しくもない」し、「自分でできもしない」ことをいう親が言っていることを実践するのは危険ですらあります。

お金の話はこのブログではしないと思いますが、そもそも、親がお金に関して無知であるか無頓着であることがほとんどです。「お金は貯金しないといけない」と親に言われてきたであろうあなたは、果たしてお金に困らない生活ができているでしょうか。そもそも、親は貯金で成功したのでしょうか?

言葉遣いや「我慢するかしないか」に関しては、実際のところ賛否あると思います。悪い言葉を言えば人は離れますし、丁寧な言葉遣いはリスクヘッジにもなります。我慢に関しては「無駄な我慢」は自分の行動を制限する言い訳みたいなものですが、未来のことを考えて成長するためにはある程度の我慢も必要です。

ただ、親がそれを注意できるかというと微妙な問題で、親の想定している「言葉遣い」の正しさ、「我慢」のしどころがそもそもずれていたり、将来的に価値のあるものになるかどうかは、ぶっちゃけ将来の子供次第です。こちらも、一方的に怒るよりも、「どうしたらいいだろう?」と子供と考えることから始めるべきなのかもしれません。

ザクっと内容をまとめましたが、異論・反論などは以下の長文をお読みの上、コメントへどうぞ。多分、読める人はほとんどいないと思います。

価値観を整理する

長くなったので、別記事に置いておきます。概要を書くとこんな感じです。

  • 根本的に、親は正しくない
  • 正しくない親から学んだ育児を実践するしかない親の輪廻
  • 親が正しくないのに「怒る」エゴ
  • 親は正しくないけど怒らなければいけない社会
  • 知らない・できないを認めた上で、子供と一緒にできるようになる

こんな内容になります。

なぜ怒られているかわからないうちは無意味ということ

危険なことや相手を傷つけることは取り返しがつかないので怒ります。しかし、それ以外の例えば「一般的な常識」や「マナー」などは、怒る必要がないと考えています。

ヨメちゃん
ヨメちゃん

とはいえ、マナーについてとやかく言う大人は世の中にたくさんいるし、自分自身もそうやって教わってきたから、変な癖がつく前に教えるべきなんじゃないの?

ぶっさん
ぶっさん

私も、子供の時に箸の持ち方などの食事のマナーとかめっちゃ厳しく教わりましたけど、全く身に付きませんでしたし、正座はするようになったけど今、ダイニングテーブルで椅子使って食事してますし、いいことはほぼありませんでしたよ。

一個人の体験なので、全く汎用性はありませんが、なぜマナーが存在するかがしっかりとわかってからの方が、こどもは取り組みやすいと思います。大人になってからでも知らないマナーはたくさんありますし、マナーは覚えれば実践できますから、焦る必要はないのです。

マナーやルールはいつ教えるべきか

続いては、「社会のルール」などについて怒るときの話です。

根本的にマナーやルールはなぜ存在するのか

まず、親は常識的に、子供が守るべきルールやマナーを知っています。子供を叱るときに、親は「当然守るべきもの」だとして指導するわけですが、子供からすると「見知らぬルールを急に振りかざされた」状況に他なりません。

ありがちなのは、「なんでそんなことするの?」「何でもです!」と子供に説明しないで押し付けること。マナーやルールを親が理解していないと、注意している親がルールを逸脱したり、子供のマナー違反に気づかずにスルーして他の大人に怒られたりします。

マナーはマウントを取るために存在する

マナーは、支配階級と非支配階級を選別するために存在しているようなものでした。現代風に言い換えれば、マナーを知らなければマウントの下層に位置すると判断され、つまり「勉強してきてないな」と言うのがすぐにわかるような目印のようなものです。友達を選ぶなら、マナーを知っている階層から選べ、みたいなところだと思います。

マナーを身につけているのは支配階層であり、被支配階層は十分なマナーを身につけていない。そのためマナーは、階層的、身分的なものになり、人柄と品性を映す鏡となる。 

つまり、一定の教育を受けているかどうかが、マナーを知っているかどうかでわかると言うこと。ただ、私のようなそもそもが下々の出自がマウント取り合っても上層階級の模倣でしかなく、言い換えるとどんぐりの背比べに使われるだけの指標です。実際には、下層・一般階級の「マナー」は少しニュアンスが違います。

物事がスムーズにいくための潤滑剤

少し話を逸らしますが、空気が読める人と、空気が読めない人がいます。

自分がどうかはさておき、空気が読めない人が多いと、自分勝手な行動が増えて利己的な行動で他人の利益をも侵害する行動をします。これだと、困ります。そのため、「自分勝手な行動はやめて、他の人のためになることをしましょう」とルールを決めることにします。

とはいえ、空気が読めない人は、「他の人のためになること」がわからないから空気が読めていないわけで、何だったら、「自分なりに考え」た上で、迷惑行動をしている可能性すらあります。悪意がない分、面倒でもあるのですが、細かくルールなどを設定しても、最後には微妙なニュアンスなどの自己解釈になってしまいます。

この、相手のための微妙なニュアンスを考えさせるとみんな好き勝手に行動しちゃうので、これを「これが正しいですよ」と模範例になるのがマナーです。ルールほど厳密ではなく、マナーを破れば必ずしも相手が迷惑と感じるわけではありませんが、正しい行動例が示されることで何をしていいかわからない空気が読めない層の人たちも、とりあえず誰にも迷惑をかけずに行動することができるようになります。

これは今、私が適当に書いたマナーとルールの違いですが、大体のところはこんな感じだと思います。ルールは厳密に行動の可否が決められていますが、マナーに関しては「相手」がいる上で、相手を不快にさせない方法例のようなものになると私は考えています。

突き詰めれば、「マナーを守れば相手は喜ぶ」と言うものでもないし、場合によってはマナー通りじゃない方が相手のためになることだってあります。ただ、考え始めると人間どうしていいのかわからないのと、放っておくと利己的な行動に走りがちなので、ルールのようにやや強制力を持たせることで、みんながそれなりに心地よく暮らせるように、潤滑剤のような役割を果たしているのがマナーと言えます。

ぶっさん
ぶっさん

つまり、自分にとって嫌なことでも「マナーではこうなっているから」としておけば我慢しなくちゃいけないし、お互い了承の上ならマナーを破ってもお咎めなしということもある、というわけですね。

子供にとって「マナー・ルール」を守るということ

こうなってくると、マナーとルールで指導方法は変わってきます。

ルールに関しては強制力があるので、「守らなければいけないこと」になりますが、子供のマナーは「周囲の大人が了承する」環境下ならそれほど厳しく注意する必要はなく、どちらかといえば、将来恥をかかないために、あるいは迷惑をかけないために知っておけばいいこと、ということになります。

とはいえ、子供の立場なら、マナーもルールも違いがよくわからない目に見えないものです。親が子供の理解力や必要性に応じて、何を教えて何を後回しにするかは丁寧に選別していく必要があります。

覚える必要性の高いルール

道徳やマナーは一旦置いておきましょう。対象が小学生くらいなら集団生活の開始と同時にマナーを覚えていくべきですが、守るべきマナーはその都度提示していき、できれば褒めるのはいいとして、できないから怒られるべきかは微妙なところです。すでに理解しているマナーを利己的に破った場合には叱ることはあってもいいかもしれませんが。

マナー違反でイライラするのは親と「子供の行動でも許容できないキャパの低い人」だけです。見ず知らずの怒りっぽいおじさんのために、親や子供がストレスに感じることはありません。おじさんの圧力は不快ではありますが、いい加減、見ず知らずの人の不機嫌のために、我慢できる人が我慢するという構造を正しいと認知するのはやめたいところです。

  • 自分の身を守るルール
  • 破ることで明確な対象が被害を受けるルール

例えば、交通ルールは危険予防のためのルールです。信号を守るなどは、シンプルに自分の身を守るために必要不可欠な知識であり、これらは本人が理解しなくても注意する必要があります。何度も繰り返し説明し、とにかく一度でも破ることがないように、親も破る姿を見せないように注意する必要があります。

また、マナーにつながる部分ですが、誰かを叩かないというルールは、遊びであっても破るべきではないことです。子供だと、ふざけて叩いたりすることもあると思いますが、これは一貫して怒ってもいい事例です。悪口も同様。子供は戯れているつもりでも、明確に相手が嫌がることであれば、嫌だという意思をしっかりと伝えて叱るべきことだと思います。

理解できるかどうかの境目を探る

上記の「必要度の高いルール遵守」例は、基本的に理解が得られなくても繰り返し伝えていく必要があります。ただ、保育園などで徐々に社会的な行動が求められるようになると、本人の理解度を超えて「人に迷惑になることをしてはいけない」などを指導する必要性が出てきます。

でも、「人に迷惑になること」は実に曖昧です。対象が嫌がっているかどうかを判断する力も必要ですし、迷惑になるかどうかはシチュエーションによる場合もあります。ありがた迷惑、なんて言葉もあるように、正しいようなことであっても相手には負担になることもあれば、押し付けがましく色々やられると対応が面倒、なんてこともあります。

親の「教えた」は大体教えてない件

よくあるのが、一回教えて子供が理解できた気になっているパターン。確かに、子供も復唱できたり「もうしない」など返事したりすると、わかったような気になりますが、大体の例において親が期待しているほど子供は理解していません。

  • 言葉の細かいニュアンスまでは伝わらない
  • 違うシチュエーションで適用できるほどの応用力はない
  • 怒られたくないからわかったふりをする
  • そもそも、親の勘違いで教えてない
  • ケースバイケースを都合よく理解してくれるわけがない
小学校の道徳ではどうなってる?

少し文科省の道徳の指導要項を眺めてみましたが、レベル高かったです。

〔第1学年及び第2学年〕

主として自分自身に関すること。

(1) 健康や安全に気を付け,物や金銭を大切にし,身の回りを整え,わがままをしないで,規則正しい生活をする。

(2) 自分がやらなければならない勉強や仕事は,しっかりと行う。

(3) よいことと悪いことの区別をし,よいと思うことを進んで行う。

(4) うそをついたりごまかしをしたりしないで,素直に伸び伸びと生活する。

主として他の人とのかかわりに関すること。

(1) 気持ちのよいあいさつ,言葉遣い,動作などに心掛けて,明るく接する。

(2) 幼い人や高齢者など身近にいる人に温かい心で接し,親切にする。

(3) 友達と仲よくし,助け合う。

(4) 日ごろ世話になっている人々に感謝する。

主として自然や崇高なものとのかかわりに関すること。

(1) 生きることを喜び,生命を大切にする心をもつ。

(2) 身近な自然に親しみ,動植物に優しい心で接する。

(3) 美しいものに触れ,すがすがしい心をもつ。

主として集団や社会とのかかわりに関すること。

(1) 約束やきまりを守り,みんなが使う物を大切にする。

(2) 働くことのよさを感じて,みんなのために働く。

(3) 父母,祖父母を敬愛し,進んで家の手伝いなどをして,家族の役に立つ喜びを知る。

(4) 先生を敬愛し,学校の人々に親しんで,学級や学校の生活を楽しくする。

(5) 郷土の文化や生活に親しみ,愛着をもつ。

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/syo/dou.htm

あくまでも、道徳として取り扱う内容を示して、子供が実践できるレベルという話ではないと思いますが、大人の私でも難しいものがちらほらあります。

保育園の道徳はどうなってる?

エ 道徳性・規範意識の芽生え 友達と様々な体験を重ねる中で、してよいことや悪いことが分か り、自分の行動を振り返ったり、友達の気持ちに共感したりし、相手の立場に立って行動するようになる。また、きまりを守る必要性が分かり、自分の気持ちを調整し、友達と折り合いを付けながら、きまりをつくったり、守ったりするようになる。

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000202211.pdf

保育園も道徳の芽生えについて触れている文章がありましたので引用しておきます。

らいおん
らいおん

保育園児でも「ルール」の存在を把握し、友達のことを考えて行動するようにできるようになる感じで書かれていますね。

ぶっさん
ぶっさん

我が3歳児はまだまだ無理そうなのですが、3〜5歳くらいで急速に周囲が見え始める時期があるようなので、このタイミングをしっかりと掴めるかどうかが鍵となりそうですね。

幼児期になるにつれ、身近な人や周囲の物、自然などの環境とかかわりを深め、興味・関心の対象を広げ、認識力や社会性を発達させていくとともに、食事や排泄、睡眠といった基本的な生活習慣を獲得していく。また、子ども同士で遊ぶことなどを通じ、豊かな想像力をはぐくむとともに、自らと違う他者の存在や視点に気づき、相手の気持ちになって考えたり、時には葛藤をおぼえたりする中で、自分の感情や意志を表現しながら、協同的な学びを通じ、十分な自己の発揮と他者の受容を経験していく。こうした体験を通じ、道徳性や社会性の基盤がはぐくまれていく。

https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/053/gaiyou/attach/1286156.htm

簡単にまとめておくと、保育園くらいだと、「ルールを認知する」ことで褒められることはあっても、「守れないこと」で怒るよりは「守れる方法」を考えたり、「守れた経験」を褒めることで行動を強化できることがいいんじゃないかな、と思っています。

教えるべきルール・マナーを選別しておく

実際に、子供に何を教えるか、あるいは何を怒らないようにするかを考える時には、まずは保護者(両親や、子供に接する祖父母など)で意見を出し合うことが大事です。

夫婦・両親の価値観の違いは整理しておく

夫婦での価値観の違いで、マナーについてどこまでしかるか、怒らないようにするかは決めておくのが一番です。

らいおん
らいおん

ご飯を残さず食べるのはいいことですが、ご飯を残したときに「絶対に全部食べるのか」「食べられる分だけでいいのか」「嫌いなものは残していいのか」などを怒るかどうかは人によって結構違います。

ぶっさん
ぶっさん

うちの妻は、1歳の時から三角食べができずに毎回怒っていましたが、私の中では別に手掴みでもいいくらい食事のマナーはどうでも良かったくらいで、やっぱり価値観と生活歴とマナーのしつけはバッティングします。

我が家の場合は、さらに祖父母同居なので、両親がダメと言っても、祖父母が許したりしてマナー・ルールが根付かずに子供が両親に怒られる回数を無駄に増やしてしまいました。

ぶっさん
ぶっさん

本当は義父母とは国交断絶したいくらいだったのですが、子供は餌付けされて「おやつがもらえる」と駄々をこね、祖父母は少しでも孫に気に入られようと甘やかすので、もう面倒になってマナーやルールで怒るのはやめました。不毛です。

ぶっさん
ぶっさん

でも、祖父母が餌付けで子供を引っ張り込んでいるだけなのに、「ばあばじゃないとダメだよね」って言い始めたときには、本当にルールやマナーで支配されるべきは誰なのかを痛感しました。

ルール・マナーを教える際のポイント

  • 基本的に怒って伝えることではない
  • 絶対に守るべきルールは繰り返し説明し、親もルールを守る
  • 相手が嫌がることをしないためには、嫌だということを伝えることから始める
  • 親の「教えた」は手ぬかりが多いので、一回伝えただけで教えた気にならない
  • 親も完璧を目指さず、本当の理解は未来にあることを認知する

ルール・マナーを破って怒るべきとき

とはいえ、私が保育園児の育児最中なので、小中学生のルールからの逸脱時のことは想定せずに記事を書きましたが、小中学生がルール・マナーを守らなかったときはそれなりに理由があると思います。

ルールやマナーの必要性を認知したら

例えば、友達とのトラブルなんかは、保育園では年少くらいから頻繁に発生します。この時に、ルールが持ち出されると思いますが、ルールを守れなかったことを怒るべきかというと微妙なところです。

ぶっさん
ぶっさん

まずは、ルールを守らない行動で、自分はどう感じたか、相手はどうしたかったのか、ということを学ぶ段階です。知らないことで怒られることは理不尽だし恐怖でしかありません。

3歳から5歳くらいまでは、相手の心理を洞察することは難しい上に、ルールがあることを認知しても適応されるケースまでは判断できないことが多いです。

また、自分の感情をコントロール・制御することも難しいので、できて褒めることはあれど、できずに叱る必要はないと思います。この辺りは様々なケースを自分で経験していく中で、微妙な違いを認知しながら学ぶ時期であると言えます。

逆に言えば、小学生くらいで「相手の感情が傷つく」とわかっていながらルールの逸脱を選んだ場合には叱る必要があると思います。この辺りは、相手の内情を丁寧に聞き取る必要があるので実は結構スキルが必要なのですが。

親のルール・マナー違反を指摘されたら

番外編ですが、実は悩ましいのが「親がルール・マナーから逸脱した時」に、子供の方に指摘された時。

ベビたん
ベビたん

先生から「横断歩道で手をあげて、左右確認してから渡る」って教えてもらったのに、どうしてお母さんは信号無視するの?

田舎の場合、車がそもそも通らない謎の信号は結構あるのですが、親は感覚で交通違反をしがち。子供はしっかりとみているものです。(逆に、ドライバー側も「歩行者はいないだろう」と思って暗がりを速度違反しながら突っ込んでくるので危険なんですよね)

ぶっさん
ぶっさん

この時、笑って誤魔化したり、「そういう時もあるの」と逆に子供を叱りつけたりする場合ってありますよね。

親だってルール・マナーを逸脱してばつが悪いことがありますが、実際、親の認識もその程度であることは多い。だから、子供にめくじら立てて怒ることもないのですが、親だから子供にはちゃんと育ってほしいなどという思い上がりがあるわけです。

素直に謝って正しいルール・マナーを学ぶ

一番いいのは、「親も間違えることがある」ということを子供が知った上で、正しい方法を一緒に学ぶことです。

子供は「親・大人は失敗しない」という神話を信じている場合がありますが、この信仰は子育てにとって大きな弊害となりかねません。大事なことは失敗しないことではなく、失敗から学び修正して良い方向に導くことです。

ぶっさん
ぶっさん

間違いを指摘されると腹が立つものですが、まずは一呼吸。むしろ、子供が正しい方向に育っていることを確認できたと自分を褒めてもいいとポジティブに転換します。その上で、子供と一緒に「どうしたらいいか」を考えて、やり直したらいいんです。

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